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  3. グローバル RNA 結合タンパク質で発見された新たな RNA 結合様式
2025年9月3日

大阪医科薬科大学
高輝度光科学研究センター
 

研究のポイント

  • 細菌の RNA 結合タンパク質 KhpB の構造を高解像度 X 線結晶解析で解明した。
  • RNA 結合タンパク質が RNA 分子を結合する新しい仕組みを発見した。
  • KhpB は病原性発現の鍵を握るタンパク質であり、抗菌薬開発への応用が期待される。
 

研究の概要

大阪医科薬科大学(高槻市 学長:佐野浩一)医学部生化学教室 福井健二助教(現 奈良女子大学准教授)、村川武志助教(研究当時、現 准教授)、矢野貴人教授、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)馬場清喜主幹研究員、熊坂崇室長らの研究グループは、細菌グローバルRNA結合タンパク質*1KhpBのRNA結合様式を、大型放射光施設SPring-8(BL38B1)*2での実験と詳細なRNA結合実験により精密に解析することに成功しました。
図1.
Thermus thermophilus KhpBの立体構造。 KHドメインとR3HドメインがひとつのRNA分子を 両側から挟む形で結合する。

細菌は環境の変化に応じて遺伝子発現を制御することで、生存を維持し、また、病原性を発現します。そのための仕組みの一つが、グローバルRNA結合タンパク質(gRBP)による調節です。近年、新たなgRBPとしてKhpBが注目を集めています。本研究では、高度好熱菌Thermus thermophilus*3由来のKhpBタンパク質をモデル分子として活用し、X線結晶構造解析*4によって、KhpBが2つの異なるRNA結合部位(KHドメインとR3Hドメイン)をもち、これらが協調してRNAを結合することを明らかにしました。これは他のgRBPには見られなかった新しいRNA結合様式です。また、さまざまなRNAとの結合強度の解析から、KhpBが多様なRNA配列を柔軟に認識することが分かり、KhpBが細菌細胞内で幅広い遺伝子発現を制御している可能性が示されました。

本研究は英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に9月3日(水)18時(日本時間)に掲載されました。

細菌は、環境に応じて遺伝子発現を巧みに制御しており、その中でもgRBPを介した転写後調節は重要な役割を担っています。これまでに、CsrA、Hfq、ProQといったgRBPがよく知られており、それらのタンパク質は翻訳効率やRNA安定性の制御を通じて細菌の増殖や病原性に関与しています。近年、KhpBという新たなgRBPタンパク質が注目されており、多様なグラム陽性・陰性菌で遺伝子発現を調節していることが示唆されています。例えば、ヒトの常在菌であるFusobacterium nucleatumは、大腸がんの発症や進展に寄与することが分かってきていますが、この細菌のKhpBは多様なRNAと相互作用し、病原性の発現に関与すると考えられています。KhpBはRNA結合に関与する2つのドメイン(KHおよびR3H)を持ちますが、その詳細なRNA認識機構は不明でした。本研究では、Thermus thermophilus由来のKhpBをモデル分子として用いて、SPring-8の放射光によるX線結晶構造解析を行い、両ドメインによる協調的なRNA認識の仕組みを解明しました。

社会に与える影響

研究は、KhpBのRNA認識の仕組みを原子レベルで理解した初の報告であり、今後、病原性細菌におけるKhpBの標的RNA分子の同定、さらには新たな抗菌戦略の開発につながると期待されます。

用語説明

*1 グローバルRNA結合タンパク質(gRBP)

細胞内の多種多様なRNAに結合し、それらの安定性や翻訳効率を制御することで、遺伝子発現の調節に広く関与するタンパク質。細菌の環境応答や病原性の発現に重要な役割を果たす。

*2 大型放射光施設SPring-8

理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

*3 Thermus thermophilus

70℃程度までの高温環境を好む「高度好熱菌」に分類される真正細菌(バクテリア)で、
温泉や熱水噴出孔などに生息する。この生物の持つタンパク質は高温でも安定に機能するため、重要な生命現象に関わるタンパク質のモデル分子として利用される。

*4 X線結晶構造解析

X線結晶構造解析は、タンパク質などの分子の立体構造を原子レベルで明らかにするための手法である。対象となる分子を結晶化し、そこにX線を照射すると、X線の回折が観察される。その回折パターンを解析することで、分子内の原子の配置を知ることができる。生命現象の理解や創薬研究において重要な技術である。

研究者のコメント

一般的に、タンパク質の高解像度X線結晶構造解析では良質な結晶が必要となります。本研究で解析対象としたKhpBについては、良質な結晶の作製が困難でしたが、SPring-8の高輝度X線と共同研究者による最適なデータ取得のための工夫により、高解像度の構造解析に成功しました。本成果は基礎的な知見ですが、KhpBの構造情報は将来的な抗菌戦略の開発にもつながる可能性があります。今後も本タンパク質の機能解明を進め、応用研究への展開を目指していきます。

特記事項

本研究成果は、2025年9月3日(水)(日本時間18:00)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:"KH–R3H domain cooperation in RNA recognition by the global RNA-binding protein KhpB"
著者名:Kenji Fukui, Takeshi Murakawa, Seiki Baba, Takashi Kumasaka, and Takato Yano

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業の支援を得て行われました。

本件に関するお問い合わせ

大阪医科薬科大学
総務部 企画・広報課
Email: hojin-koho@ompu.ac.jp

高輝度光科学研究センター(JASRI)
利用推進部 普及情報課
Email: kouhou@spring8.or.jp