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『古くて新しい』代謝 -発酵からメタボまで-

お知らせ

私たち生き物の体内では、膨大な種類の化学物質が、環境の変化に合わせて刻々と作られ、壊されています。あるものは身体や個々の細胞を形作り、その形を維持し運動するためのエネルギー源となり、またあるものは遺伝情報を担っています。これらの物質は、いわゆる有機物と呼ばれる炭素化合物です。
昔、といってもほんの20世紀直前まで、有機物は生物のもつ“生命力”という不思議な力がなければ作ることはできないと信じられていました。Eduard Buchner(エドゥアルト・ブフナー)が酵母をすり潰し、生きた酵母細胞が存在しない状態でも発酵(糖のアルコールと二酸化炭素への変換)を起こすことができるということを発見したのは1896年のことです。この発酵をはじめとする、生物の体内で行われる様々な有機物の変換を総称して代謝と呼びます。代謝とは生命現象を支える根幹と言っても過言ではありません。
以後、この代謝に関する研究が20世紀半ばにかけて飛躍的に進みます。数えきれない研究者の努力により、いわゆる三大栄養素と呼ばれる糖質・脂質・タンパク質や遺伝子の本体である核酸など主要な生体構成物質の分解、合成、相互変換の経路(代謝経路:物質A→ 物質B → 物質C →…)が解明されてきました。そして、1980年頃には、代謝については大筋で調べ尽くされ、もはや第一線の研究テーマとしての魅力はなくなっていました。
ところが、10年ほど前から一流科学誌上で、代謝に関する特集がしばしば組まれるようになりました。その原因の第一は、代謝が正常な状態から逸脱した病気・病態(糖尿病、悪玉コレステロール増加など)への注目の高まりです。肥満にこれらの病態を伴った状態が、メタボリックシンドロームと呼ばれるようになって以降の時期と重なります。ちなみに代謝は英語でMetabolism、つまりメタボリックシンドロームとは代謝全般に及ぶ病気
ということです。そして、メタボリックシンドロームの主な原因は、代謝経路そのものの欠陥ではなく、その調節に生じた不具合にあると考えられています。原因の第二は、医学・生物学研究の技術的な進展により、代謝調節の仕組みが徐々に解明されてきたことです。これにより、新しい薬剤の開発の可能性が広がるからです。
ここに至って代謝が研究テーマとして再び脚光を浴びることになったわけですが、なぜそれほどまで注目されるのか?一例として肥満を挙げます。肥満とは、全身の脂肪組織に脂肪が過剰に蓄積した代謝疾患といえます。よく知られているように、肥満は高血圧・糖尿病・心血管疾患・がんへの罹患率を高め、現代社会でのまさに万病のもとです。脂肪代謝の調節の仕組みが解明されれば、脂肪の合成を抑え分解を促す画期的な手段が発見されるかもしれません。つらいダイエットや運動をしなくても、一日一錠この薬を飲めば肥満が解消されるという薬(つまり、やせ薬)があったらどうでしょう?その薬がもたらす恩恵(と売上高)は計り知れません。残念ながら、そのような薬が近い将来世に現れる可能性は低いと思われます。しかし、その実現を夢見て、世界中の研究者が代謝の研究に邁進しています。

大阪医科大学生化学教室 矢野貴人