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  3. 治療できる認知症 特発性正常圧水頭症患者への超早期治療の有効性が明らかに
2022年10月25日

1.発表者

梶本 宜永 (大阪医科薬科大学 医学教育センター(脳神経外科)専門教授)
亀田 雅博 (大阪医科薬科大学 脳神経外科学教室 特務講師)
蒲原 明宏 (大阪医科薬科大学 脳神経外科学教室 レジデント)
黒田 健司 (大阪医科薬科大学病院 リハビリテーション科)
辻 翔平 (大阪医科薬科大学病院 リハビリテーション科)
二階堂泰隆 (大阪医科薬科大学病院 リハビリテーション科)
佐浦 隆一 (大阪医科薬科大学 リハビリテーション医学教室 教授)
鰐渕 昌彦 (大阪医科薬科大学 脳神経外科学教室 教授)

2.発表のポイント

  • 特発性正常圧水頭症は治療可能な認知症ですが、治療後も認知機能障害などの後遺症に悩まされる患者が少なくありません。
  • 4年間の研究により、特発性正常圧水頭症の患者の多くは、超早期治療により認知機能が改善・維持され、長期間認知症を発症しないことがわかりました。
  • 超早期治療により、患者の後遺症とそれに伴うご家族の介護負担を大幅に軽減することが期待されます。
  • しかし、その超早期診断には課題があり、従来の診断では見逃されるケースが多いこともわかりました。

3.発表概要

5大認知症の一つである特発性正常圧水頭症は、手術によって症状を改善することができます。しかし、その効果には限界があり、病気が進行するほど認知障害や歩行障害が残ります。 また、病気の進行に伴い、アルツハイマー病など他の認知症を併発することも多いのです。 そのため、治療を行っても介護が完全に不要になることは困難でした。超早期治療でこの問 題を解決できる可能性がありますが、明らかになっていないのが現状です。

大阪医科薬科大学の梶本宜永専門教授らの研究グループは、かねてから超早期治療を模索していました。特に、超早期段階での診断法が確立されていなかったため、リハビリテーション医学教室との共同研究により診断法の改良を行いました。その結果、多くの超早期症例が診断ができるようになり、今回の研究につながりました。

(図1)

超早期治療により、多くの患者の認知機能が長期にわたり改善・ 維持できることが研究により明らかになりました。また、趣味や仕事ができるほどの高い生活の質 (QOL)を長期間にわたって保つことができ、認知症の発症を防止していることも示唆されました。 ここでいう超早期とは、症状が非常に軽い前駆期(注1)のことを指します(図1)。前駆期の定義は、アルツハイマー病やパーキ ンソン病の前駆期の定義に準じました。

4.発表内容

研究の背景

特発性正常圧水頭症は、認知症、歩行障害、尿失禁の3つの症状を呈する高齢者の進行性疾患です。これらの症状は高齢者ではありふれたものであるため、病気であると気づかれないことが多いのです。このため、多くの患者は見逃されて治療されないままになっています。その結果、寝たきりになってしまったり、病気が進行してから発見されたりしています。この状態で治療を受けても、相応の障害が残り、要介護状態から脱することは難しいと考えられます。また、高齢者ではよく見られる病気(注2)にも関わらず、医療関係者を含む多くの国民に知られていないのも問題です。

研究内容

2015年1月から3年間に大阪医科薬科大学病院で手術治療を受けた特発性正常圧水頭症患者83名のうち、前駆期の12名(平均73.3歳)を対象としました。前駆期は、認知機能がMMSEで24以上かつ歩行機能が3mTUGで13.5秒未満と定義しました。手術後4年間にわたり特発性正常圧水頭症の重症度スケール(INPHGS)、認知機能(MMSE)、前頭葉機能(FAB)、転倒傾向、社会参加状況について後ろ向きに調査しました。
症状の改善は4年間持続しました(図2)。認知機能は4年後もMMSEが平均26.1点と維持され、4年間の間に認知症(MMSE23点以下)を発症したのは1名(8%)のみでした (図2、3)。一般に、軽度認知障害者の半数は3年以内に認知症を発症するといわれていますので、今回の結果は、超早期治療が認知症予防に高い効果を発揮することを示して います。

  • (図2) ★は、統計学的な有意差あり
  • (図3)
(図4)
(図5)

さらに、83%の患者が、仕事(会社経営)や趣味(ゴルフ,ジム、楽器演奏など)を通じて生活をエンジョイし、介護とは無縁で高い生活の質(QOL)を長期間維持することができました(図4)。また、すべての患者でバランス障害があり、75%では転倒していまし たが、術後は転倒しなくなりました。診断面では、半数の患者が画像診断で診断基準を満たさない(Evans' index > 0.3)ことがわか りました(図5)。

以上より、特発性正常圧水頭症の超早期治0.34療により、長期にわたり認知機能や歩行機能、社会参加能力を良好に維持することができました。また、認知症の予防効果も高いことが示されました。このような超早期治療を実現するためには、超早期段階の患者を確実に診断できる診断システムの確立が望まれます。

社会的意義

特発性正常圧水頭症は、要介護になりやすい高齢者の病気です。致命的な病気ではないので、ご家族には数年にわたる介護の労力と費用の負担が重くのしかかります。また、患者数は約58万人に達する可能性があり(注2)、介護など社会が負担する社会保障費も莫大なものとなっています(注3)。今回の研究結果は、前駆期での超早期治療により、特発性正常圧水頭症の患者が高いQOLを長く維持できるようになり、ご家族も介護の負担から 解放されるものと考えられます。

さらに、本研究で見出された前駆期での超早期治療が普及すれば、介護に伴うご家族のみならず行政の負担を大きく軽減しうることを示唆しています。

5.発表雑誌

雑 誌 名 :「Frontiers in Neurology」(オンライン版:4月11日)
論文タイトル:Impact of Early Intervention for Idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus on Long-Term Prognosis in Prodromal Phase
著 者:Yoshinaga Kajimoto#, *, Masahiro Kameda, Akihiro Kambara,
Kenji Kuroda, Shohei Tsuji, Yasutaka Nikaido, Ryuichi Saura,Masahiko Wanibuchi(#: first author, *: corresponding author)
DOI番号 :10.3389/fneur.2022.866352
アブストラクト URL: https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fneur.2022.866352/full

6.用語解説

(注 1)前駆期
認知症疾患の発症過程には、無症状であるが病気のプロセスが潜行する前臨床期、軽微な症状が出る前駆期を経て本格的な発症に至ります。前駆期とは、軽微な症状があるものの日常生活動作に障害がない時期のことをいいます。

(注 2)正常圧水頭症患者の患者数推計
2020 年の65歳以上の高齢者人口は、3,621万人です。日本の4つの疫学調査によると、 特発性正常圧水頭症患者の有病率は、高齢者人口の約1.6%(0.5~2.9%)であることが報告されています。これらを単純に掛け合わせると、現在の日本には58万人もの特発性正常圧水頭症の患者がいる計算になります。水頭症患者の平均余命が10年とすると、毎年5万8千人が発症していると推定されます。特発性正常圧水頭症の患者の手術件数は、年間約5千件程度に留まっています。実に、10人に1人しか治療されておらず、膨大な数の患者が見逃され、治療を受けていない可能性があります。

(注 3)介護費用
58万人に年間100万円の介護費用が発生した場合、特発性正常圧水頭症によって年間5,800億円もの介護費用が発生している可能性があります。

本件に関するお問い合わせ

【研究に関すること】
大阪医科薬科大学 医学教育センター(脳神経外科)
専門教授 梶本宜永(かじもと よしなが)
TEL: 072-783-1221(代表)
E-mail: yoshinaga.kajimoto@ompu.ac.jp

【リリースについて】
学校法人大阪医科薬科大学 総務部 企画・広報課
TEL: 072-684-6817
E-mail: hojin-koho@ompu.ac.jp