大阪医科薬科大学
理化学研究所
九州大学
福井県里山里海湖研究所
京都大学
水産研究・教育機構水産大学校
大阪医科薬科大学医学部生物学教室の橋口康之准教授、水産研究・教育機構水産大学校の髙橋洋教授、竹下直彦教授、九州大学大学院農学研究院の三品達平助教(理化学研究所生命機能科学研究センター客員研究員を兼務)、福井県里山里海湖研究所の武島弘彦研究員、京都大学大学院農学研究科の中山耕至助教、水産庁の田上英明博士(研究当時、水産研究・教育機構所属)からなる研究グループは、南日本の太平洋岸に分布する日本固有の大型魚類である「アカメ」の全ゲノム解析を行い、本種の遺伝的多様性が全体的にきわめて低く、少ない個体数で長期間存続してきたこと、それを可能にしたメカニズムとして免疫などに関わる一部の遺伝子に一定の多様性が保たれていることなどを明らかにしました。
この研究の成果は、未だ謎に包まれた存在であるアカメの進化史についての理解を進めるとともに、その保全施策への応用が期待されます。
研究のポイント
- 絶滅が危惧される大型魚類であるアカメの全ゲノムを決定し、その遺伝的多様性と進化について分析しました。
- アカメの種内の多様性はきわめて低く、また約30,000 年もの間、個体数が少なく保たれていたことがわかりました。
- ゲノム全体では変異が少ない一方、免疫などに関わる一部の遺伝子では遺伝的多様性が高く保たれており、病原体に対する抵抗性など、生存にとって重要な性質が維持されていると推測されました。
- アカメゲノムの解析から、アカメが厳しい状況の中を生き残ってきた歴史が遺伝子レベルで明らかになり、早急な保全対策が必要であることが示されました。
研究の概要
アカメは、南日本の太平洋側、おもに宮崎県・高知県の沿岸(図1)に分布する日本固有の大型の肉食魚です。
人の生活圏に近い場所に生息するにも関わらず、大型個体を目にする機会はまれであることから、釣り人などからは『幻の怪魚』と呼ばれています。近年、アカメの生息に適した環境は減少しており、絶滅が心配されています。
私たちは、アカメの遺伝的多様性(用語1)を把握し、保全に必要な情報を得るため、宮崎・高知各1 個体ずつのアカメの全ゲノムを決定し、詳しい分析を行いました。
アカメゲノム全体の遺伝的多様性は魚類では最低レベルで、絶滅危惧種であるトキやゴリラに近い値でした(図2)。また、アカメの有効集団サイズ(用語2)は約30,000 年前から現在に近い時期まで、およそ1,000個体前後のきわめて低い値で推移していることがわかりました(図3)。
さらに、アカメと同属の近縁種で熱帯域に生息するバラマンディ(用語4)との間で、遺伝子に生じた変異を比較したところ、多くのアカメの遺伝子に正の選択(用語5)が検出されました。これらの遺伝子の特徴や同属他種の分布域などから、熱帯域に生息していた祖先種からアカメが分岐した後、アカメのみが温帯域へ適応進化したことに関係していると考えられます。
これらの結果は、アカメでは長期にわたって少ない個体数で存続してきたことにより遺伝的多様性が低下した一方、生存にとって重要な変異は維持されていることを示しており、アカメが温帯域で独自の進化を遂げ、細々と生き残ってきた歴史を反映しているといえます。
研究の背景
絶滅危惧種の多くは、繁殖に関わる個体数が少なく、遺伝的多様性が低下しています。そのような状況では、ゲノムに有害な変異が溜まりやすく、また近親交配(用語6)によって有害な変異の効果が表面化することで、個体の生存力や繁殖力が低下すると考えられています。しかし一部の絶滅危惧種には、自然界で数万年以上の長期間、絶滅せずに存続しているものが存在します。このような長期存続を可能にする遺伝子レベルのしくみは、まだよくわかっていません。アカメは、長期存続してきた絶滅危惧種の一例であり、そのゲノムの特徴を分析することで、絶滅危惧種における長期存続のメカニズムの解明に繋がると期待されます。また、アカメ自体が絶滅危惧種として深刻な状況にあり、その遺伝的多様性の評価と、生息地における正確な個体数の把握はきわめて重要な課題です。そこで私たちは、アカメの全ゲノム配列を決定し、個体数が多く非絶滅危惧種である近縁種のバラマンディのゲノムとの比較を行うことで、アカメの遺伝的多様性の実態を把握するとともに、長期存続する絶滅危惧種に特有なゲノム進化の特徴を明らかにすることで、アカメを含む希少種の保全に役立つ知見が得られると考え、研究を行いました。本研究が社会に与える影響
この研究で得られたアカメのゲノム情報は、今後アカメの進化や保全の研究を行う上で重要な基礎データとなります。また、この研究では、アカメのきわめて低い遺伝的多様性を正確に把握できただけではなく、この魚の長期存続にとって重要な遺伝子の変異が維持されていることが示されました。このことは、アカメを含む希少種の保全において、特定の機能を持つ遺伝子に注目することの重要性を示しており、将来より有効な保全対策を考える上で大きな意義を持つと考えられます。用語説明
1. 遺伝的多様性:生物の種内に多様な遺伝子のタイプが存在すること。遺伝的多様性が低い生物は、環境が変化した際に、その環境に適応したタイプの遺伝子を持つ可能性が低いため、絶滅しやすい。2: 有効集団サイズ:遺伝的に均質な生物個体の集まり(集団)において、実際に繁殖に関わる個体数を一般化したもの。
3. 平衡選択:複数の異なる対立遺伝子(アレル)が集団内に維持されるようにはたらく選択。
4. バラマンディ:アカメと同属の大型肉食魚で、東南アジアからオーストラリア北部の熱帯域の沿岸に広く分布する。以前は、アカメはバラマンディと同種とされていたが、1984 年に別種とされた。
5. 正の選択:新しく生じた変異が有利になるような選択。近い過去に正の選択により集団に広まった形質に関わる遺伝子には、正の選択の痕跡が検出される。
6. 近親交配:血縁関係にある個体間での交配のこと。
研究者のコメント
私たちの研究により、ゲノム解析を通じて、アカメの進化史の一端を知ることができました。また免疫系の遺伝子など、多様性が個体の生存にとって重要な遺伝子は一定の変異を保っているものの、アカメの有効集団サイズはきわめて小さいため、多くの有害変異がゲノムに蓄積している可能性があります。アカメの稚魚の生育に適した環境である河口のアマモ場は高知・宮崎ともに減少しており、アカメの存続は予断を許さない状況です。したがって、その生息環境とともに保全を着実に進めていくことが重要です。特記事項
本研究内容は、米国分子・進化生物学会(SMBE)が発行するGenome Biology and Evolution 誌の2024 年8月号にオンラインで掲載されました。論文タイトル:Draft genome of akame (Lates japonicus) reveals possible genetic mechanisms for long-term persistence and adaptive evolution with low genetic diversity.
著者:Yasuyuki Hashiguchi, Tappei Mishina, Hirohiko Takeshima, Kouji Nakayama, Hideaki
Tanoue, Naohiko Takeshita, Hiroshi Takahashi
橋口康之 大阪医科薬科大学 医学部 生物学教室
三品達平 九州大学大学院農学研究院、 理化学研究所生命機能科学研究センター
武島弘彦 福井県里山里海湖研究所
中山耕至 京都大学大学院農学研究科
田上英明 水産庁
竹下直彦 水産研究・教育機構水産大学校
髙橋 洋 水産研究・教育機構水産大学校
DOI:https://doi.org/10.1093/gbe/evae174
本件に関するお問い合わせ
研究内容について
大阪医科薬科大学
医学部 生物学教室
准教授 橋口 康之
Mail: yasuyuki.hashiguchi@ompu.ac.jp
TEL: 072-683-1221(代)
京都大学
農学研究科 応用生物科学専攻海洋生物科学講座
助教 中山 耕至
Mail: nakayama.kouji.8z@kyoto-u.ac.jp
理化学研究所
生命機能科学研究センター 染色体分配研究チーム
客員研究員 三品 達平
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九州大学
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助教 三品 達平
TEL:090-1237-8905
Mail:tappei.mishina@agr.kyushu-u.ac.jp
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エネルギー環境部自然環境課
福井県里山里海湖研究所
研究員 武島 弘彦
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国立研究開発法人
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