2024年6月27日
大阪医科薬科大学
大阪医科薬科大学 医学部 内科学Ⅳ教室 脳神経内科の中村善胤助教・荒若繁樹教授らの研究グループは、神経活動がオートファジーを介して、パーキンソン病の原因となるα-シヌクレインタンパク質を細胞外に分泌することを発見しました。パーキンソン病の病態解明や新規治療法開発に向けた応用が期待されます。
研究のポイント
- パーキンソン病の病態に深く関与しているα-シヌクレインと呼ばれるタンパク質は神経細胞外に分泌されることが知られていましたが、その制御機構は不明でした。
- 今回私たちは、神経活動が分泌型オートファジーという経路を介してα-シヌクレインを神経細胞外へ分泌していることを初代神経細胞と培養細胞を用いた実験から発見しました。
- 分泌型オートファジーは細胞内のタンパク質恒常性維持や神経可塑性に関わるオートファジーの新たな働きとして注目されています。
- 分泌型オートファジーによるα-シヌクレイン細胞外分泌は、パーキンソン病の病態解明や根本的治療法の開発に新しい手段を提供する可能性があります。
研究の概要
現在行われているパーキンソン病の治療は、脳内で不足しているドパミンをレボドパ製剤で補って症状の改善を図るものです。しかし、この治療法はパーキンソン病の原因を根本的に改善するものではありません。そのため、年数が経過すると症状の進行により自立した生活が困難となる方もいらっしゃいます。パーキンソン病の原因そのものに作用する治療法の開発が求められています。
パーキンソン病の進行は、α-シヌクレインというタンパク質が神経細胞外に分泌され、別の神経細胞に取り込まれて脳内を拡大していくことによって引き起こされると考えられています。α-シヌクレインの神経細胞外分泌メカニズムを明らかにすることは、パーキンソン病の病態解明や治療法開発において重要です。
大阪医科薬科大学医学部脳神経内科の中村善胤助教・荒若繁樹教授らの研究グループは、α-シヌクレイン細胞外分泌の制御機構について、初代神経細胞と培養細胞を用いて調べました。その結果、神経活動刺激が細胞内カルシウムイオン濃度の上昇を介して分泌型オートファジーを促進させ、α-シヌクレインを細胞外に放出することを発見しました。このα-シヌクレインの細胞外分泌は、グルタミン酸受容体阻害、ATG5、Rab8aと呼ばれる分子の発現抑制によってブロックされることを見出しました。さらに、神経活動の上昇によるα-シヌクレインの細胞外分泌では、オートファゴソームと呼ばれる膜構造物が運び屋として働き、エクソソームと関連したα-シヌクレインがこの機序で分泌されることを明らかにしました。本研究結果は、α-シヌクレイン細胞外分泌の制御機構を明らかにしたもので、分泌調節を標的とした治療法の開発に繋がることが期待されます(図A、図B)。
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初代神経細胞においてグルタミン酸(10µM)処理によって神経活動を亢進させると、オートファゴソームのマーカーであるLC3(緑色)とα-シヌクレイン(赤色)の共局在(Merge画像における黄色)の程度が有意に増加します(スケールバー=8µm)。
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グルタミン酸(10µM)処理による神経活動亢進によってα-シヌクレインの細胞外分泌量は有意に増加します。その条件下において、オートファゴソーム形成に必須の因子の一つであるATG5の発現をsiRNAでノックダウンすると、α-シヌクレインの細胞外分泌量は顕著に抑制されます(白い棒グラフ=α-シヌクレインの細胞外分泌量、オレンジ色の棒グラフ=細胞膜の障害を示すLDH放出割合)
研究の背景
パーキンソン病の症状は、脳の黒質線条体ドパミン神経細胞の脱落によって脳内のドパミンが不足することによって生じます。ドパミン神経細胞の脱落は、異常に折りたたまれたα-シヌクレインと呼ばれるタンパク質が、細胞内に蓄積することによって引き起こされます。異常に折りたたまれたα-シヌクレインが神経細胞から別の神経細胞へ伝播することによって脳内のダメージが拡大し、症状が進行すると考えられています。有望な治療法の一つとして、α-シヌクレインに対するモノクローナル抗体の開発が行われています。しかし、細胞外にあるα-シヌクレインが、フリーな形で存在しているのか、エクソソームのような膜構造物に内包された形で存在しているのか、議論が続いています。そのため、モノクローナル抗体が細胞外でα-シヌクレインをダイレクトに捕捉できるのか明らかではありません。また、エクソソームと関連したα-シヌクレインは、細胞外伝播を促進する可能性が知られています。本研究で得られた結果は、モノクローナル抗体をはじめとする細胞外のα-シヌクレインを標的とした治療法の有効性・妥当性を考える上で分子的な基盤を与えるものです。
オートファジーは細胞内の不要物を分解する機構として重要な働きを担っていますが、さらに細胞外への分泌を担うことが明らかになってきました。この分泌型オートファジーは新しい細胞外分泌経路として
注目されています。本研究は、神経活動が分泌型オートファジーを介してパーキンソン病の原因タンパク質であるα-シヌクレインの細胞外分泌を促進することを明らかにしました。最近、分泌型オートファジーは細胞内のタンパク質恒常性維持や神経可塑性に関与している可能性が報告されています。α-シヌクレインは神経可塑性に関わる分子として発見されました。細胞外分泌の病的役割に加えて、α-シヌクレインがどのような生理的な役割を担っているかという点でも興味深い知見と考えられます。
本研究が社会に与える影響
α-シヌクレインの細胞外分泌機構は、パーキンソン病の病状進行や抗体製剤をはじめとする治療法開発において重要です。分泌型オートファジーによるα-シヌクレインの細胞外分泌経路は、パーキンソン病の病態解明のみならず新しい治療法の開発につながることが期待されます。また、本研究ではアルツハイマー病に関連するタンパク質であるタウ、筋萎縮性側索硬化症に関連するタンパク質であるSOD1の細胞外分泌も、神経活動に伴う分泌型オートファジーが関与していることを明らかにしました。神経活動に伴う分泌型オートファジーの機構は、様々な神経難病の病態に共通したメカニズムである可能性が示唆されます。
特記事項
本研究内容は、米国生化学・分子生物学会が発行しているThe Journal of Biological Chemistryにおいて掲載されました。論文タイトル:Neuronal activity promotes secretory autophagy for the extracellular release of
α-synuclein
著者:Yoshitsugu Nakamura, Taiki Sawai, Kensuke Kakiuchi, Shigeki Arawaka
中村善胤 大阪医科薬科大学 医学部 内科学Ⅳ教室 助教(脳神経内科)
澤井大樹 大阪医科薬科大学 医学部 内科学Ⅳ教室 特任助教(脳神経内科)
垣内謙祐 大阪医科薬科大学 医学部 内科学Ⅳ教室 助教(准)(脳神経内科)
荒若繁樹 大阪医科薬科大学 医学部 内科学Ⅳ教室 教授(脳神経内科・診療科長)
発表雑誌:The Journal of Biological Chemistry
https://doi.org/10.1016/j.jbc.2024.107419
用語説明
パーキンソン病:脳の黒質線条体にあるドパミン神経細胞が脱落することによって、脳内ドパミンが不足することで、動作が鈍くなる、手足が震える病気です。現在行われている治療は、ドパミンを薬剤で補うもので、根本的に原因を除去している訳ではありません。
α-シヌクレイン:
パーキンソン病では、異常に折りたたまれたα-シヌクレインというタンパク質が細胞内に蓄積して神経細胞死が引き起こされると考えられています。さらに、異常に折りたたまれたαシヌクレインが周囲の神経細胞に伝播していくことで病状が進行すると考えられています。
オートファジー:
細胞内を正常な状態に保つために、細胞が自身の古くなったり機能しなくなったりした細胞小器官やタンパク質を自ら分解すること。近年、細胞内での分解のみならず細胞外への分泌も担うことで細胞内の恒常性維持に働いている可能性が示されている。
神経活動:
脳内の神経細胞が電気の流れにより神経細胞同士の情報の伝達を行うこと。
研究者のコメント
この研究の意義は、第1にパーキンソン病の病態に深く関与しているα-シヌクレインの細胞外分泌の詳細を明らかにしたことです。第2にα-シヌクレインはオートファジーで分解されるだけでなくオートファジーで細胞外へ分泌されることを明らかにしたことです。第3に神経活動による分泌型オートファジーは神経変性疾患に共通して見られる現象である可能性を示したことです。α-シヌクレインの細胞外分泌は、神経細胞間の伝播や抗体製剤との関わりからパーキンソン病の病態において非常に注目されている分野です。今回明らかにした神経活動による分泌型オートファジーを介したα-シヌクレイン細胞外分泌は、パーキンソン病の病態解明や新規治療法開発に寄与する所見と考えます。本研究のお問い合わせ先
大阪医科薬科大学 医学部 内科学Ⅳ教室
脳神経内科
教授・診療科長 荒若 繁樹
E-mail:shigeki.arawaka(at)ompu.ac.jp ※(at)を@に置き換えてください
TEL :072-684-6448(直通)
FAX :072-684-7087