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  3. 神経ペプチド・キスペプチンの性行動制御への関与をメダカで発見
2024年3月18日


大阪医科薬科大学
 
大阪医科薬科大学医学部生理学教室の中城光琴助教は、東京大学大気海洋研究所の神田真司准教授、東京大学大学院理学系研究科の岡良隆名誉教授らとの共同研究により、性行動パターンが明瞭で観察しやすいメダカを用いて、神経ペプチドの1種であるキスペプチンの受容体Gpr54-1が性行動制御に関与していることを発見した。これまで哺乳類以外の脊椎動物種ではキスペプチンの機能は未解明であり、本研究成果が哺乳類分野にもフィードバックされ、HPG軸制御以外の機能に関する神経経路等のメカニズム解明や医療応用が進むことが期待されます。

研究のポイント 

◆ 性行動の詳細な動画解析により、キスペプチン受容体Gpr54-1を欠損したメダカのペアは産卵に遅れが生じ、産卵数も少なくなることを明らかにしました。
◆ もう一種のキスペプチン受容体Gpr54-2を欠損したメダカのペアは性行動に異常を示さないことを明らかにしました。
◆ Gpr54-1を介したキスペプチンの機能は、メスでは性行動の促進作用、オスでは性行動の抑制作用であることが示唆されました。

概 要

神経ペプチドの1種、キスペプチンはその受容体であるGpr54を介して、哺乳類においてはHPG軸制御機構による生殖腺の機能調節を担うことが知られています (注1)。一方で、哺乳類以外の脊椎動物種ではキスペプチンの機能は未解明です。
本学生理学教室の中城光琴助教と東京大学の神田真司准教授らは、性行動パターン (注2) (図1) が明瞭で観察しやすいメダカを用いて、2種のキスペプチン受容体をそれぞれ欠損したノックアウト系統 (gpr54-1-/-とgpr54-2-/-) (注3) の性行動および産卵数を定量的に解析しました。
図1
その結果、Gpr54-1を欠損した個体 (gpr54-1-/-) のペアは産卵に有意な遅延が生じ、産卵数も減少することが示されました。一方、もう1種の受容体Gpr54-2の欠損個体 (gpr54-2-/-) のペアについては性行動に異常はみられませんでした。次に、gpr54-1-/-雌雄それぞれの性行動を野生型個体とペアにすることで詳細に解析しました。その結果、gpr54-1-/-メスの方に上述の性行動の異常がみられました。興味深いことに、性行動を完遂する前段階の各性行動パターンについては、gpr54-1-/-メスでは異常はみられませんでしたが、gpr54-1-/-オスでは逆に求愛行動が過剰に起こることを示しました (図1)。以上のことから、Gpr54-1を介したキスペプチンの機能は雌雄で異なり、メスでは性行動の動機づけにおける求愛受容の促進作用、オスでは逆に求愛の抑制作用を担うことが示唆されました (図2)。このように雌雄で逆転する作用には、キスペプチン発現の雌雄差や、先行研究で見出されたメス特異的な発現を示す別の神経ペプチドとの関連が示唆されます(図2)。
図2

研究の背景

脊椎動物において、種を存続させるために必須な機能である生殖は、生殖腺の成熟と性行動等の生殖状態特異的な機能の制御によって円滑に進行します。生殖腺機能の調節は、視床下部・脳下垂体・生殖腺において神経系と内分泌系の協調的な制御機構 (HPG軸とよばれる) (注1) によって制御されます。これまでの哺乳類を用いた研究から、脳内の視床下部にある一群のニューロンの放出する神経ペプチドの一種、キスペプチンが、HPG軸制御の鍵となることが明らかになっていました。一方で、本学生理学教室の中城光琴助教らのメダカ、キンギョを用いた最近の研究 (Nakajo et al., 2018) をはじめとして、真骨魚類を用いた近年の複数の研究は、非哺乳類ではキスペプチンがHPG軸制御には関与しないことを強く示唆していました。
比較神経内分泌学的な知見より、脊椎動物内では、キスペプチンをコードする遺伝子はkiss1、 kiss2、キスペプチン受容体をコードする遺伝子はgpr54-1、gpr54-2の2種類ずつが存在し、鳥類以外の種ではいずれか1組は保存されていることも示されています。さらに、キスペプチンはメダカをはじめとする複数の真骨魚類においても、生殖状態に応じて分泌されるエストロジェン等の性ステロイドホルモン依存的に発現し、生殖状態特異的に機能することが示唆されています。以上のような、脊椎動物間でのキスペプチン関連遺伝子およびキスペプチンの性ステロイド依存的発現の保存性を考慮すると、キスペプチンは生殖腺機能調節以外の、生殖状態に応じた機能を司ることが推測されます。しかし、非哺乳類におけるキスペプチン機能は今回の研究までは依然不明でした。

本研究が社会的に与える影響

近年、マウスの性行動制御にキスペプチンが重要であることが報告されています。また、ヒトにおける性的関心興奮障害(HSDD)等の治療にキスペプチンが有効である可能性を示唆する研究報告など、哺乳類においてもキスペプチンのHPG軸制御機能だけでなく、性行動等の「生殖に寄与する別の機能」への関係についての研究が注目されつつあります。本研究の成果が哺乳類の研究分野にもフィードバックされることにより、キスペプチンのHPG軸制御以外の機能に関する、神経経路等のメカニズムの解明や医療応用が進むことが期待されます。

用語説明

(注1) HPG軸制御機構
視床下部の生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)産生ニューロンは、脳下垂体に作用し、生殖腺刺激ホルモンの放出を促進します。血中に放出された生殖腺刺激ホルモンは血流を介して生殖腺に至り、生殖腺の発達やメスの排卵を調節します。これら一連の生殖の中枢制御機構は、視床下部・脳下垂体・生殖腺の頭文字からHPG軸制御機構とよばれています。神経ペプチド、キスペプチンを放出するキスペプチンニューロンは、哺乳類においてはGnRHニューロンの神経活動を調節することでHPG軸制御機構に重要な役割を果たします。一方で、哺乳類以外の脊椎動物種においてはその機能は未解明です。

(注2)メダカの性行動パターン
メダカの性行動では、次のような順に行動が進行します(図1)。1. オスがメスの後方に追従する「したがい」。2. オスがメスの鼻先でくるりと1回転する「求愛円舞」。3. メスがオスの求愛を受け容れた場合、オスがメスをヒレで抱きかかえる「抱接」。4. 雌雄が同時に配偶子を体外に放出する「放卵・放精」。卵は塊のままメスの体にその後しばらく付着しています。以上の特徴から、メダカは性行動パターンが明瞭で観察しやすいため、本研究のような定量的な性行動解析に適した種です。

(注3)ノックアウト
標的とする遺伝子配列を破壊するノックアウト法では、transcription activator-like effector nuclease (TALEN) 法およびClustered regularly interspaced short palindromic repeats / CRISPR associated proteins (CRISPR/CAS9) 法を用いました。どちらもゲノム内の特定の標的配列を破壊する研究手法です。一般的に、ゲノムDNAを破壊された細胞は、非相同末端結合 (non-homologous end joining) によって修復するため、一定の確率でDNA塩基対のフレームシフト変異が誘発されます。今回用いたノックアウトはこれらの手法によって著者らが先行研究で作製したフレームシフト変異体です。

研究者のコメント 

近年の知見から、ヒトを含む哺乳類においてもキスペプチンの性行動への関与が示唆されてきています。しかし、哺乳類ではキスペプチン機能の解析の際、生殖腺機能調節への影響を完全に排除することは困難です。そのため、生殖腺は正常であるにもかかわらず性行動に影響をきたすという本研究結果は、小型真骨魚類であるメダカを用いることで初めて可能であったと考えています。今後、哺乳類のみならず、非哺乳類を用いた知見も集積し、相互にフィードバックすることでキスペプチン機能の包括的理解が進むことを期待します。
 

特記事項

本研究は、Cell pressが発行する『iScience』2月16日号に掲載されました。
また、本研究は第47回日本比較内分泌学会大会及びシンポジウム 九州大会にてポスター形式で発表されました。

本研究のお問い合わせ先

大阪医科薬科大学
医学部 生理学教室
助教 中城 光琴
Email: mikoto.nakajo@ompu.ac.jp